早稲田大学マスコミ研究会

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『はじめのいっぽ』ペンネーム:親王

 

「はじめのいーっぽのこしとく!」

 妻との一番最初の思い出は、このセリフだった。同じ団地で遊んでいた小学生低学年のころ、僕は同い年の妻が発したこの言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 はじめのいっぽは、のこしておけるんだ。

 衝撃を受けた僕は、すぐに自分の足元を見た。僕の足は残念ながら既にスタートラインから大きく踏み出していた。横を見ると、他の友達も自分と一直線上にあった。隣の妻だけが、みんなの一歩後ろにいて、得意げに腰に手を当てて立っていたのだ。その勇ましさに、このとき既に惚れていたのかもしれない。

 妻はこのように、たくさんの驚きを見せてくれた。駆けっこは手をグーにするよりパーの方が速いとか、ジャンケンの前に両手を合わせて中を覗けば相手の出す手が見えるだとか。今思い返すと首を傾げたくなるような説も多かったが、当時の僕にとってそれらは秘密の「裏ワザ」であり、神秘的ですらあった。

 

 その妻の顔にはいま、白い布が一枚ひらりとかぶさっている。高い鼻が布に山のような凸をつくり、複数の脊梁を引いて鎮座していた。

窓から差し込む四角形の光が、彼女のかけている布団の一部を切り取っている。

 

「いや、行ったほうがいいって」

 僕に海外出張の話が持ち上がったのは、プロポーズの直後だった。このときは、まだ籍も入れてなかった。

 プロポーズ直後に自分だけ海外だなんて、しかも一年間だなんて、妻は激怒するだろうと相談した。しかし、思いのほか妻はあっさりと言ったのだ。

「たった一年でしょ? チャンスは逃さないほうがいいよ」

「でも」

「私は大丈夫。一年くらい待てるって。それよりも、給料上げてきちゃって」

 妻は冗談めかして、手でゼニのマークを作った。その顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 はじめのいーっぽのこしとく!

 そのときの妻の笑顔は、たしかにそう言っていた。

 幸せは、あとにとっておいて今は頑張ろう。

 僕はまた幼い妻に背中を押され、出張を決めた。出張前に、再会を誓うように籍を入れて。

 

 海外出張二ヶ月目。妻が交通事故で死んだと会社から知らせがあった。

 そういえば妻はあのとき残したはじめのいっぽを、どこかで使っていただろうか? 残したいっぽは、果たしていつ使われるのだろうか? もしかすると妻はあのとき、いっぽを使う前に鬼に捕まっていたかもしれない。ならあのとき残したいっぽはなんだったのか? なんのために、誰のために残されたいっぽなのか?

 徐々に陽が落ちて、窓から差し込む光が細長く伸びている。部屋は徐々に暗くなり、闇が僕の肩をじわじわと抱いた。