書評『はぐちさん』 ~等身大のままのあなたがいい~
「はぐちさんって誰?」
「生き物なの?」
始めはきっと誰もがそう思う。くらっぺ先生の『はぐちさん』はSNS発で単行本に至った4コママンガだ。優しい線描で、「はぐちさん」と主人公「八千代」の日常が描かれている。
八千代は仕事に忙殺される日々で身を擦り減らしていた。そんなある日、「世界中を旅したけれどここがいいです」と不思議な生き物がやって来る。お餅のような、風船のようにも見えるその生き物は「無理をすれば」何にでも変身できる。ハンサムな男の子にも、ベッドや傘にでも。そしてとびきり料理が上手。それが「はぐちさん」だ。
春夏秋冬、はぐちさんの美味しいご飯とともに何でもない日常がある。休日がとびきり幸せで、出前のメニューにわくわくして、仕事に行くのが憂鬱で、それでもはぐちさんが待っているから頑張れる。八千代と共にいつしか読者の心も洗われる。
はぐちさんはいつも一生懸命。長老のようなことを言うのにあどけなさがあって、優しい。ああ、必要なのは毎日「待っていてくれる」存在で、頑張らない自分を受け入れてくれる場所なんだ。そんなことに気付かされる。
なんでもないことなのに、ちょっぴり涙が出そうになる。
私が『はぐちさん』に出会ったのは池袋のジュンク堂。当時受験生だった私は荒みきっていた。まだ自習室に行きたくないなあ。欲しい本があるわけでもなくふらりと入って黙ってエスカレーターに運ばれる。
結果だけが評価される受験自体、私には不向きだった。やりたいことをやるため、やりたいことを犠牲にする。そんな矛盾にうんざりしていたのだ。『はぐちさん』を見つけた瞬間はよくおぼえていない。気づけば、4巻まで買っていた。大判のコミックだから一冊900円もする。当時は特にお金の使い道も無かった。しんどくなったらジュンク堂に行って一冊また一冊と手を伸ばした。あの受験勉強を支えてくれたのは、きっと『はぐちさん』だ。青本でも、単語集でもなくて。
はぐちさんは無理をすれば何にでもなれる。
でも、皆はぐちさんに無理をさせない。だからいつでもお餅の姿のまま。
そう、無理なんてしなくていい。
私たちは気づけば無理ばかりしている。無理をしなければ叶えられない夢も地位もある。でも、何気ない日々の小さなときめきを忘れてしまうのは悲しいことだと思う。無理をしない自分を認めてくれる存在をいつだって探している。
等身大で何の変哲もない自分を受け入れてほしい、とただ願っている。
今でも辛くなったらはぐちさんを読む。レポートに忙殺される日々も、プレゼンがうまく行かなかった日も、心無い言葉に傷ついた日も。
「無理をしない」私を『はぐちさん』は受け入れてくれる。気づけば無防備になっていて、身体の中心がぽっと温かくなる。
心が折れそうになっている人、寂しい思いをしている人が『はぐちさん』に出会えますように。
『はぐちさん』はくらっぺ先生のTwitterからも楽しめます。